「じゃあ、これは誰がやる?」。会議室が静かになります。社長が社内を見回して、いちばんパソコンに詳しい顔を思い浮かべる-AI・DXの担当を決める場面は、たいていこうして訪れます。
「AIを入れよう」までは決まったのに、誰にやらせるかで止まる。しかも、いちばん詳しい人に任せたのに動かなかった、という話は珍しくありません。今回は、私が会社員時代に実際に人を選び、しかしその見立てが間違っていた話をします。
目次
- 「いちばんパソコンに詳しい人」を選ぶのは、自然なことです
- 実際に窓口に選ばれた理由は、技術の話ではありませんでした
- 「この人なら」と思って任せて、動かなかった
- 理由は、能力ではありませんでした。考え始める場所です
- では、どうしたか
- 社内で見るなら、どこを見るか
- よくある質問
- まとめ
「いちばんパソコンに詳しい人」を選ぶのは、自然なことです
まず申し上げておきたいのは、この発想が間違っているわけではない、ということです。新しい仕組みを入れるのだから、仕組みに詳しい人がいい。専門用語が飛び交う打ち合わせで、話についていける人がいい。どちらももっともで、実際、詳しい人がいなければ困る場面はあります。
ただ、その人選で本当に動くのかというと、話は別でした。
実際に窓口に選ばれた理由は、技術の話ではありませんでした
私は以前、事業会社で、自社の基幹システムをゼロから作るプロジェクトのPM(プロジェクトマネージャー)を務めました。業務部門と、システムを作る側のあいだに立つ役割です。
そのとき、PMとして選ばれた理由は、4つありました。
- それまでの経験から、各種の業務に精通していたこと
- 業務の全体像を、プロセスとして捉えられたこと
- 論理的に考えられたこと
- 以前のシステム導入で、要件定義(何を作るかを決める工程)をやり切っていたこと
並べてみると、気づくことがあります。4つとも、技術の話ではありません。入っているのは、業務を知っていることと、それを全体としてつなげて見られることだけです。
当時は、そういうものかと思っていました。意味が分かったのは、その後でした。
「この人なら」と思って任せて、動かなかった
同じプロジェクトで、実行責任者を決める場面がありました。技術が分かるメンバー-エンジニア、あるいはエンジニアの経験を持つ人に任せてみたのです。いちばん詳しい人が仕切れば早い。そう考えるのは自然です。
ところが、動きませんでした。
起きたのは、こういうことです。まず、業務の実態や事情が分からないので、業務部門と話が合いません。現場は「あの取引先だけは締めが違う」といった前提の上で話しますが、その前提が共有されていない、理解されていないので、会話がかみ合わない。
次に、双方が自分たちの言葉を使うため、そのつど翻訳が必要でした。誰かが訳さないと、話が前に進まない。
そして、いちばん大きかったのが三つ目です。
理由は、能力ではありませんでした。考え始める場所です
技術が分かる人は、「どう実装するか」「技術的にどうか」から考えます。
これは、技術者として正しい思考です。むしろ、そこから考えられない技術者に仕事は任せられません。実現できるかどうかを最初に見極め、無理なものは無理と言う。その判断の速さと確かさが、専門家の価値でもあります。
ただ、この正しさが、まだ形のないものを描く場面では逆に働きます。「どう作るか」から入ると、いま作れる範囲の中でしか絵が描けません。あるべき姿を先に描いてから、それをどう実現するかを考える-という順番に、ならないのです。
誰かの力が足りなかったのではなく、考え始める場所が違っていた。
だから、この話は「エンジニアに任せてはいけない」ということではありません。優秀さの裏返しとして起きています。同じことは逆向きにも起こります。業務は分かるが技術がまるで分からない人に設計まで任せれば、今度は作れないものが出来上がります。どちらか一方に寄せると、必ずどちらかで詰まる。
では、どうしたか
ここが、いちばんお伝えしたいところです。
このとき私たちが取った手は、担当者の交代ではありませんでした。替えたのは人ではなく、役割の数です。業務部門とシステム部門のあいだに立つ人を、一人置いた。それが、業務を知っていて、全体をプロセスで見られる人でした。
つまり、あの4つの理由は「優れた人材の条件」ではなく、あいだに立つ役割に必要な条件だったわけです。技術に詳しい人は技術の側で力を発揮してもらい、業務を知っている人がその手前で絵を描く。役割を分けたら、動きはじめました。
これは、その人の能力の問題ではありません。役割の切り方の問題です。一人にすべてを担わせようとすると、どんなに優秀な人でも、自分の得意な側からしか物事を始められません。
社内で見るなら、どこを見るか
では、実際に社内で人を選ぶとき、何を見ればいいのか。次のようなことなら、その場で確かめられます。
いまの業務の流れを、絵にできるか
紙を渡して「受注から入金まで、どう流れていますか」と聞いてみてください。部署をまたいで一本の線で描ける人は、全体をプロセスで見ています。
「なぜそうしているか」を説明できるか
「この確認、なぜ二回入っているんですか」と聞いて、「昔こういう事故があって」と理由まで出てくる人は、業務の事情を持っています。「決まりだからです」で止まるなら、事情がその人のところに集まっていません。
他の部署の言い分を、悪く言わずに説明できるか
これがいちばん効きます。両側の言い分を、どちらの立場でも通じる言葉に置き換えられる人がいると、話が進みます。片方を「分かっていない」と切る人だと、翻訳ではなく対立になります。
いずれも、業種の問題ではありません。先に描ける人がいるかどうか、それだけの違いです。描くというのは、頭の中にあるものを外に出すことでもあります(前回のコラム「AIに任せられない仕事の正体|「言葉になっていない」を解きほぐす」で、同じ話をしています)。
よくある質問
Q1. 社内に適任がいない場合は、どうすればいいですか。
多くの場合、適任の人がいないのではなく、その役割を誰の仕事にも決めていないだけです。全体を見る役割は、どの部署にも属していないからです。まず「これは誰の仕事か」を決めてください。
そのうえで、足りないものを補います。ここで比べていただきたいのは、どちらの不足が埋めやすいかです。業務を知っている人が技術を知らないだけなら、外から補えますし、学んでもらうこともできます。逆に、技術は分かるが業務の全体像が見えていない場合、それを身につけるには年単位の時間がかかります。先に選ぶなら、業務を知っている人です。
Q2. 専任は置けません。兼任でも回りますか。
回ります。ただし条件が一つ、その人の既存の仕事を同じ分だけ減らすことです。役割だけ足すと、忙しい時期に必ず後回しになって止まります。止まると「あの人がやらないから」という話になりがちですが、これも人ではなく、時間の配分を決めなかった側の問題です。
Q3. 外部に頼むと、社内に何も残らないのではないですか。
その心配は当たっています。丸ごと任せて出来上がったものだけ受け取ると、動かなくなったときに誰も直せません。あいだに立つ役割は社内に置いたまま、足りない部分だけ外から補ってください。外部の役割は、代わりに描くことではなく、描ける人を社内に作ることです。
まとめ
AI・DXの担当を決めるとき、いちばんパソコンに詳しい人を選ぶのは自然な発想です。ただ、それで動かないことがあります。理由は能力ではありません。技術が分かる人ほど「どう作るか」から考えます。それは正しい思考ですが、まだ形のないものを描く場面では、先に絵を描くことが難しくなります。
必要なのは、人を替えることではなく、あいだに立つ役割を一つ置くことです。業務を知っていて、全体をプロセスとして見られて、両側の言葉を訳せる人。その人が先に絵を描き、技術が分かる人がそれを形にする。順番を分けるだけで、動き方が変わります。
ツールを選ぶのは、そのあとで間に合います。まずは、いまの流れを描ける人が社内のどこにいるか、探してみてください。
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