月曜の朝、いつもの集計表を開く。先週まで確かに合っていた数字が、今日はどこか実感と違う。数式が消えたわけでもなく、エラーも出ていない。表はいつもどおり開くし、数字もきちんと並んでいる。ただ、その数字が正しくないだけ——。自分で作った集計表は、こうして音もなく壊れます。派手に止まるのではなく、静かにズレる。だから、気づくのが遅れます。

ツールを内製する、と言うと大げさに聞こえますが、いちばん多いのは表計算ソフト(ExcelやGoogleスプレッドシート)で作った案件管理表や売上集計表ではないでしょうか。プログラムを書く話ではありません。自分の手で作って、いつのまにか会社の数字を支えている表——この記事で言う「自作のツール」は、それのことです。この記事では、そうした表を自分で作るときに、作る前に決めておきたいことと、作った後に足しておきたいひと手順をお伝えします。先に結論をお伝えすると、自作のツールは「作れば動く」ものではなく、壊れる前提で、点検しながら使うものです。

目次

動いていたはずの表が、ある日合わなくなる

自作の集計表が壊れるとき、たいていエラーメッセージは出ません。だから「静かに壊れる」と言っています。表計算ソフトでよくある壊れ方は、大きく3つあります。

壊れ方1:集計の範囲が、増えたデータについてこない

いちばん多いのがこれです。作ったときに「1行目から100行目までを合計する」と範囲を決めて、数式を入れる。半年後、データは120行に増えている。けれど数式は、いまも100行目までしか見ていません。101行目から先の数字は、合計に入らないままです。エラーは出ません。合計欄には、それらしい数字が今日もきちんと表示されています。ただ、実際より少ないだけです。増えた分がまるごと抜けているのに、画面の上では何も起きていないように見えます。

壊れ方2:貼り付けや手入力で、数式が消える

週に一度、レポートをダウンロードしてシートに貼り付ける。とても多い運用ですが、この貼り付けが曲者です。コピー元の書式ごと貼ると、貼った範囲にあった自動計算の数式が上書きされて消えることがあります。同じことは、誰かが数式の入ったセルに直接数字を打ち込んだときにも起きます。やっかいなのは、消えた場所が空欄にならないことです。貼り付けた値や打ち込んだ数字がそのまま残るので、見た目は正常なまま。数式が死んでいることに、しばらく誰も気づきません。

壊れ方3:並べ替えで、行の対応がバラバラになる

案件管理表を金額の大きい順に並べ替えたい。日付順に直したい。よくやる操作ですが、ここに落とし穴があります。並べ替えたい列だけを選んで並べ替えると、その列の数字だけが動いて、隣の会社名や日付は元の位置に残ります。A社の金額が、B社の行に乗る。それでも表はきれいに並んでいますし、エラーも出ません。合計を出しても、金額の顔ぶれは変わっていないので、合計は正しいままです。ただ、全部の行で持ち主が入れ替わっているだけ。しかも一度やってしまうと、元がどうだったかは誰にも分からないので、戻すこともできません。

この3つに共通するのは、壊れた瞬間に誰も気づかないことです。エラーで止まらないので、気づくのは数字が大きくずれた後——たいていは月末の集計や、社外に出した資料の数字が合わないと指摘されたときです。これは、作った人が雑だったからではありません。「作れば動き続ける」という前提のほうが、現実と合っていないだけです。

最初の形が、後の改修費を決める

壊れにくさは、実は最初の形でほとんど決まります。いちばん効くのは、「1件=1行」という素直な形にしておくことです。

たとえば入金の記録なら、1回の入金を1行として記録します。つい「1件の取引を1行」にして、その中に「1回目の入金」「2回目の入金」と横に列を足したくなりますが、そこを我慢します。

なぜかというと、後から必ず要望が増えるからです。「分割払いに対応したい」「3回まで受けられるようにしたい」。1取引=1行で作っていると、3回目の列を足す改修が必要になり、その列を参照している数式も集計も全部直すことになります。一方、最初から「1回の入金=1行」で作ってあれば、3回払いは行が増えるだけです。作り直しはいりません。最初の設計は、後から請求される改修費そのものだと思ってください。

そもそも何を作るべきか、どの業務から手をつけるかを決めたい段階なら、中小企業のDX進め方|失敗を避ける業務棚卸し3ステップが地図づくりの参考になります。本記事が扱うのは「作ると決めた後の、作り方の話」です。

自動にする所と、手で補う所を分ける

内製でいちばん判断がいるのが、どこまでを自動にするかです。全部を自動にしようとすると、たいてい破綻します。

分かりやすいのが、広告の数字です。クリック数や表示回数のような、ツール側が記録している数字は自動で引っ張ってこられます。ところが「そのクリックが実際に何件の申し込みになったか」は、多くの場合、手元にしかありません。自動で取れるのはクリックまで、実際の成果は自分の手で入れる。ここに線を引かないまま「全部自動で」と設計すると、取れないものを取ろうとして、結局どこかで手作業が復活します。

線引きのコツは、「手で入れる作業をゼロにする」ではなく、「手で入れる回数を減らす」と考えることです。毎日手で入れているなら、日々の分は自動にして、手入力は月に1回まとめる形にする。手作業が残ること自体は、失敗ではありません。

いちばん怖いのは、作った人にしか分からないこと

自分で作ることの本当のこわさは、表が壊れることではありません。その表の中身が、作った人の頭の中にしかないことです。

どのセルが数式で、どこを触ってはいけないのか。なぜこの並びなのか。なぜこの列は空けてあるのか。作った本人には当たり前でも、書いていなければ誰にも分かりません。表は動いているので、周りは「便利な表がある」としか思っていない。ところが、作った人が休んだ日に数字が合わなくなると、誰も直せません。直せないどころか、どこが壊れているのかを判断できる人がいない。壊れていること自体に、気づけない状態です。

これは、社長自身が作った場合にいちばん重くなります。会社の数字を作る表を社長が握っていると、社長が抜けられなくなる。自分で作れる人ほど、自分がボトルネックになりやすいという皮肉があります。一人しか分からない状態をどう解いていくかは、業務マニュアルをAIで作る|属人化を終わらせる3ステップでも扱っています。

防ぎ方は、大げさなマニュアルではありません。作るときに、次の2つだけメモに残せば十分です。

  • 触ってはいけない場所:数式が入っている列やセル。「ここには直接打ち込まない」と一行書いてあるだけで、壊れ方2はかなり減ります。
  • 毎回やる手順:どこに何を貼るのか、貼った後に何を見るのか。次にお伝えする点検を、そのまま書いておくだけです。

大事なのは、この2つを作った人以外が読んで動ける形にしておくことです。点検も同じで、作った本人にしかできない点検は、その人が忙しい週にいちばん先に飛びます。

作りっぱなしにしない——点検をひと手順だけ足す

ここが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。

自作のツールは、作った日が完成日ではありません。データが増え、貼り付けが繰り返され、要望が足されていく。使っているあいだ、ずっと形が変わり続けます。だから「作って終わり」にせず、点検をひと手順だけ運用に組み込みます。

やることは、とても地味です。データを大きく増やした後や、レポートを貼り付けた後に、次の2つを見るだけです。

  • 合計を突き合わせる:貼り付け元の合計と、シート側の合計が一致しているか。ズレていれば、そこで数式が壊れています。
  • 先頭・真ん中・末尾の3点だけ見る:その3行を選んで、数式が生きているか(値が直接入ってしまっていないか)を確認する。全部を見る必要はありません。端と真ん中が生きていれば、たいていその間も生きています。

これで、壊れ方1と2は、その日のうちに見つかります。合計が合わなければ、範囲が増えた行に追いついていないか、どこかで数式が消えています。3点を見れば、数式が生きているかどうかがその場で分かります。壊れること自体は防げませんが、"静かに"壊れることは防げます。ズレたまま何ヶ月も走って、社外に出した数字が違っていた、という事故がなくなります。

ただし、壊れ方3(並べ替えで行がバラバラになる)だけは、後からの点検では見つかりません。合計は正しいままなので、突き合わせても何も起きないからです。こちらは点検ではなく、並べ替えるときは必ず表全体を選ぶという一行を、さきほどのメモに書いておくしかありません。この壊れ方だけは、手順を知っている人だけが防げます

なお本記事は「これから自分で作るツール」の話です。いま社内で同じ数字を何度も打ち直している、という手前の段階であれば、その作業、2回打ってます。中小企業の"二重入力"をなくす3ステップが守備範囲です。あちらはいまある転記を減らす話、こちらはこれから作るものの設計と点検の話です。

これは、表計算ソフトに限った話ではありません

ここまで、自分で作った集計表の話をしてきました。ただ、正直に言うと、これは表計算ソフトの話ではありません。同じことが、業務のデジタル化やAIの導入でも、そっくりそのまま起きます。新しい仕組みを入れた日は、たいていうまく動きます。だから「入れれば動く」と思ってしまう。集計表と、まったく同じ勘違いです。

壊れ方まで、見事に同じです。

  • 前提が変わっても、設定は入れた当時のまま:扱う件数が増えても、商品や取引先が増えても、現場のやり方が変わっても、仕組みは最初に決めた形のまま動き続けます。エラーは出ません。それらしい数字を、今日も返してきます。集計の範囲が増えた行についてこないのと、同じことです。
  • 面倒になると、現場は手で回避する:入れたはずの仕組みを使わず、裏でこっそり手作業が復活する。画面の上では導入済みなのに、実態は元のまま。数式のセルに直接数字を打ち込まれるのと、同じことです。
  • AIは、それらしく間違える:これがいちばんたちが悪い。数字は合っているように見えるし、文章としても筋が通っている。ただ、中身の対応が入れ替わっているだけ——並べ替えで行の持ち主が入れ替わるのと、まったく同じ壊れ方です。合計は正しいままなので、突き合わせても見つかりません。

だとすれば、やることも同じです。最初に業務とデータの形を素直にしておく。任せる所と、人が判断する所に線を引く。入れた人だけしか分からない状態にしない。そして何より、入れっぱなしにしない。「できました」と返ってきた答えを、そのまま信じない。元の数字と突き合わせる。ここでも、ひと手順です。

人手が足りない、もう手が回らない。だから新しい道具に頼りたくなります。その気持ちはもっともです。ただ、整っていない業務の上に乗せても、静かに壊れるものが増えるだけです。要らない作業が速くなっても、間違った数字が早く出てくるようになっても、うれしくありません。先に業務とデータを整えて、AIが正しく働ける状態にしてから乗せる。順番は、集計表のときと何ひとつ変わりません。

よくある質問

Q1. そもそも、自分たちで作るべきでしょうか。既製のツールではだめですか?

やり方が決まっている仕事は、既製のツールが向いています。給与計算や会計のように、手順が法律や慣習で決まっているものを、わざわざ自分で作る理由はありません。一方、自社のやり方そのものが商売の中身になっている仕事——見積の出し方、現場の段取り、顧客の追い方——は、既製品に合わせると自社のやり方のほうを削ることになります。ここは自分で作る値打ちがあります。つまり「作るかどうか」はツールの良し悪しではなく、その業務が自社の型なのか、世の中共通の型なのかで決まります。先にその線を引いてから、何を作るかを決めてください。

Q2. 詳しい人に作ってもらえば、壊れませんか?

誰が作っても、データは増えますし、貼り付けは繰り返されます。壊れるかどうかは、作り手の腕より運用の形で決まります。むしろ外に頼むほど、壊れたときに自分で直せません。点検のひと手順は、誰が作った場合でも必要です。

Q3. どこから始めればいいですか?

いま毎週貼り付けている表を1つ選んで、貼った後に合計を突き合わせるところからです。1分もかかりません。2〜3週続けると、その表が壊れやすいかどうかが分かります。

まとめ

自分で作った集計表は、ある日、音もなく壊れます。集計の範囲が増えた行についてこない、貼り付けや手入力で数式が消える、並べ替えで行の持ち主が入れ替わる。エラーが出ないので、気づくのは数字が大きくずれた後です。これは誰の不注意でもなく、「作れば動き続ける」という前提が現実と合っていないだけです。

だから、自分で作るなら順番を持っておいてください。最初は「1件=1行」の素直な形で作る。自動にする所と手で補う所に線を引く。触ってはいけない場所と毎回やる手順を、作った人以外が読める形で残す。そして何より、作りっぱなしにしない。貼った後に合計を突き合わせ、先頭・真ん中・末尾の3点だけ見る。ひと手順、それだけです。

自作のツールは、作った日が完成日ではありません。壊れる前提で、点検しながら使う。それだけで、静かにズレた数字に振り回される時間が消えます。そしてこれは、表計算ソフトに限りません。新しい仕組みやAIを入れるときも、まったく同じです。

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